バルトに勧誘を受けて以来、俺は盗賊ギルドを拠点に活動を続けている。
盗賊ギルドは便利な施設が揃っていた。 宿泊所に休憩所、アイテム屋と魔法屋、武具屋、スキル習得所。一通りの店は揃っている上に、商品が豊富。
カルマの上昇という意味では使えないが、それ以外の生活は大助かりだ。特にアイテム屋と魔法屋の品揃えがいいのが助かる。
アイテム屋ではポーションを買い込んで、ダンジョン攻略に役立てている。 魔法屋ではマジックアローの魔法書の他、戦歌の魔法書も買うようになった。この二つの魔法はどちらも初心者用で、戦歌の魔法は腕力と器用に一時ボーナスを与えてくれる。
戦いのポーションと同じ効果だが、魔法の練習も兼ねて覚えてみた。 攻撃魔法のマジックアローと違って、自己バフタイプの戦歌であればスキマ時間でちょいちょい魔法の練習ができる。 たとえば町なかの移動中とか、寝る前のちょっとした時間を活用するわけだ。 俺は少しでも強くなりたい。時間は無駄にはできないんだ。 おかげで読書スキルや詠唱スキル、戦歌の魔法自体も扱いが上手くなったと思う。そんなわけで盗賊ギルド加入前よりずいぶん暮らしやすくなった。
余裕が生まれた勢いで、ギルドのノルマ達成――宝石を一定数納入する――を兼ねてダンジョン通いを再開してみた。ダンジョンは自然発生する魔法の洞窟で、ときどき塔や砦のような建物の形を取ることもある。
ダンジョンのボスを倒したり、そうでなくてもしばらく時間が経つと崩壊して消滅。 また次の新しいダンジョンが生まれてくる。いったいどういう仕組みでダンジョンが成り立っているのかさっぱり分からないが、稼ぎ場として便利なので冒険者は皆通っている。
ダンジョン内はアイテムや武具が落ちている他、ほとんど無限に魔物が出現する。アイテム類を拾い集めれば金になる。魔物と戦っていれば腕試しになる。
行かない方が損ってもんだ。
本当にダンジョンって何なんだろうな。
・現在のユウのステータス。 名前:ユウ 種族:森の民 性別:男性 年齢:15歳 カルマ:-4 レベル:18 腕力:21 耐久:13 敏捷:19 器用:18 知恵:11 魔力:17 魅力:1 スキル 剣術:8.8 盾術:2.2 瞑想:4.5 投擲:6.3 木登り:4.1 隠密:5.4 鍵開け:3.3 罠感知:1.5 罠解体:1.2 軽業:2.8 釣り:1.7 魔道具:3.5 詠唱:4.9 読書:5.6 装備: 鉄の剣(剣術ボーナス付き) 蔓草の盾(瞑想ボーナス付き) 鱗の軽鎧(魔道具ボーナス付き) 丈夫な布のマント 鱗のブーツ(敏捷ボーナス付き) お財布の中身:金貨換算で約九枚(銀貨なら九十枚) ダンジョンで戦闘を繰り返したため戦闘系のスキル・ステータスがけっこう上がった。 戦闘スタイルは相変わらず、クマ吾郎を前衛にユウはサポートで立ち回っている。 ポーションの投擲もだいぶ精度が上がってきた。 遠くの標的でもそれなりに命中させられる。 魔法もなるべく使っているおかげで、魔力や詠唱スキルも上昇している。(当然、魔法書の解読もずっと続けている) 今ではマジックアローは九割以上の確率で成功するようになった。 鍵開け、罠感知、罠解体、軽業は盗賊ギルド限定のスキル。 鍵開けと罠二つは名前通り。 軽業は素早い身のこなしに対応するスキル。敵の攻撃の回避の他、高いところに飛び上がったり飛び降りたり、空中でバク転をしたりといった幅広い動きに関連している。 ダンジョンで拾った装備品が徐々に増えている。 今のユウの実力は、そろそろ中級冒険者に届きそう……といったところ。
わざわざ一緒に行くって? バルトの言葉に俺は首を傾げた。「え? 別にいいよ。税金納めるだけだし。犯罪者状態はもう解除されてるから、衛兵に襲われることもないし」 そう、先日。カルマがゼロまで戻ったのだ。俺はとうとう犯罪者ではなくなった。 バルトは笑顔のまま首を振る。「僕も王都に用事があるんだ。二人で行ったほうが道中も安心だろう。さあ、行くよ」「まあ、そういうことなら」 そうして俺とバルト、クマ吾郎はディソラムの町を出発した。 バルトはさすが盗賊ギルドの一級ギルド員。 短剣の二刀流を見事に使いこなして、弱い魔物程度なら瞬殺してくれる。 気配を消すのが上手いので、物陰からこっそりと近づいて背後からバッサリだ。 バックスタブってやつだな。「短剣もいいなあ。長剣に比べると威力が低いと思っていたが、そんなこともないのか」 俺が言うと、バルトは器用に短剣をくるくると回してみせた。「一撃の威力は長剣に劣るけど、短剣は連撃ができるからね。どっちを取るかは本人次第さ」 そんな話をしながら俺たちは強行軍で進んでいった。 王都パルティアに到着したのは、納税締切日の午後のことだった。 俺は税金の請求書を握りしめて税務署へと走る。 バルトは用事を済ませてくるからとどこかに行ってしまった。 クマ吾郎は城門のところで待機だ。 カルマが戻っているので、衛兵に追われることもない。 町行く人々も俺を特に見ることもなく、通り過ぎていく。 いやはや、あたり前のことだが助かるね。 たどり着いた税務署はすごい人混みだった。 周囲の人たちの声が聞こえてくる。「いつもにもましてすごい混みっぷりね」「今日が締切の税金が多いからね。駆け込みで納税する人がたくさん来ているんだろう」「余裕をもって納税すればいいのに。いい迷惑だ」
俺は必死に衛兵から逃げる。「うわっ!」 衛兵の片方が矢を射掛けてきた。 あいつら容赦ない! とっさに左にステップを踏んでかわす。 軽業スキルとダンジョンで培った戦闘能力が役に立った。 矢は石畳の継ぎ目に突き刺さった。その威力にぞっとする。 路地に追い立てられ、狭い道を必死で走る。 やがて見えてきたのは行き止まり。 袋小路に追い込まれた。 衛兵たちの気配が近づいてくる。 と。 袋小路の手前、ゴミのかげにあったドアが急に開いて、俺は引っ張り込まれた。「しーっ。大人しくしてね」「バルト!」 俺を引き込んだのはバルトだった。 薄暗い室内で俺の口を押さえてくる。「犯罪者はいたか?」「いや、見失った」「近くにいるのは間違いない。よく探せ!」 壁一枚向こうで衛兵たちの声がする。 やがて声はだんだん遠ざかっていって聞こえなくなった。「ユウ、災難だったねえ」 バルトはニヤニヤ笑っている。 言葉とは裏腹にこうなるのが分かっていたかのような表情だ。 俺は心の底からため息をついた。「また地道なカルマ上げをすると思うと、気が遠くなるよ」「前と同じやり方じゃあ駄目だけどね」「え?」 バルトを見れば、彼は肩をすくめた。「だって税金の請求は二ヶ月ごとに来るんだよ? ユウは去年の夏が最後の納税なんだろ。次の税金を滞納すれば、脱税扱いになってカルマがまた下がる」 そうか、税金は二ヶ月毎に請求書が来るんだった。 締切まで間があるので、半年分ならまとめ払いができる。 ところが俺は半年前に納税したっきり。 次の締切は二ヶ月後になる。 たった二ヶ月でマイナス45のカルマを戻せるか……? いや無理だろ。以前はマイナス35から始まって、ゼロに戻すまで四ヶ月はかかった。
深夜、俺とバルトは王城の門のほど近くに隠れていた。 月は細くて、しかも雲がかかっている。絶好の侵入日和(?)だった。「なあ、本当に忍び込むのか?」 俺のヒソヒソ声にバルトは笑ってみせる。「怖気づいたのかい? 盗賊ギルドの一員ともあろう者が、情けない」 そりゃあ怖気づくだろ。 今から天下のパルティア王城に不法侵入するんだぞ。 たかが脱税でカルマががっくり下がる国だ。 王様の家である王城に侵入なんかした日には、その場で死刑になってもおかしくない。 けれどバルトは俺の言葉を意に介さず、さっさと進み始めた。 鈎爪つきのロープを取り出して投擲。王城の城壁に取り付いた。 素早い身のこなしでするすると登っていく。 俺も続いてロープを掴んだ。 バルトほどではないが、まあまあスムーズに登れたと思う。「ユウはまだまだだね。軽業スキルをもっと鍛えないと」「分かってるよ」「ギルドに戻ったら特訓部屋を貸してあげよう。四方から矢が飛び出してくる、からくり部屋だ。矢を避け続ける修行ができるよ」「お断りします」 なにそのバトル少年漫画の修行シーンみたいなやつ。 命の危険があるじゃん。俺はそこまでしたくないよ。 そんな無駄口を叩きながら、俺とバルトは城壁から飛び降りた。 植え込みや物陰に隠れながら進む。「騎士団長がいる場所、分かってるのか?」「目星はついているよ」 なんとも頼もしいことだ。 巡回中の衛兵の目をかいくぐりながら、俺たちは進んだ。 王城の中心地に近づくほど、衛兵の数が増えてくる。 と。 木の陰に隠れた俺は、うっかり枝を踏んでしまった。パキリ、と意外に大きな音がする。「何者だ!」 近くにいた衛兵の一人が槍を構えた。 ど、どうしよう! 俺は焦りまくりながら、とっさに、「に、にゃぁ~」 猫の鳴き真似をしてみた。
「――さて。ユウの用件は済んだが、そいつは?」 ヴァリスが鋭い目でバルトを見た。 バルトは気圧された様子もなく、丁寧に礼をする。「申し遅れました。僕は盗賊ギルドのバルトと申します。ギルド後輩のユウの用事を助けるついでに、名高い白騎士ヴァリス様にお会いしようと思ってやって来た次第です」「……目的は?」 バルトは丁重な態度を崩さずに言った。「特には。騎士中の騎士と名高いヴァリス様をこの目で間近に見られて、それだけで満足ですよ」「盗賊ギルドが、よく言う」 吐き捨てるように言われたセリフに、バルトはにっこり笑ってみせる。「強いて言えば、僕らのことを知ってもらいたかった……というところですね。盗賊ギルドは誤解されやすいのですが、犯罪者集団ではありません。冒険者としての盗賊職を支援する、真っ当な面もあるんですよ」「本当です。俺、盗賊ギルドに入ったおかげでかなり腕を上げました。ダンジョン攻略の助けになっただけで、ギルドにいる間、何一つ悪いことはやっていません」 俺は口を挟んでみた。 盗賊ギルドに世話になっているのは事実だ。フォローくらいしないとな。 ヴァリスは俺たちの言葉に首を振った。「あくまで真っ当な『面もある』だけだろう」「あはは、バレちゃいましたか」 バルトはまったく悪びれない。「じゃあ仮にですけど。裏社会としてのギルドと冒険者としてのギルドが分離したら、冒険者の部分は表舞台に立つのを許されるでしょうか?」「……完全に分離したと証明できるのなら、検討の余地はある」 ヴァリスの慎重な言葉にバルトは笑みを浮かべた。「今の段階では、そのお言葉が聞けただけで満足ですよ」「おいバルト、そんな計画があるのか?」 俺は思わず口を出すが。「さあ、どうだろうねえ。ただ、組織はいつだって柔軟に変わっていかないといけないから。硬直化した組織なんて、いつか壊死
カルマが上がり犯罪者でなくなって、俺にまともな冒険者としての生活が戻ってきた。 もう衛兵に追われることはない。 ならず者の町ディソラム以外でも、住民に嫌な顔をされない。 今後はしっかりカルマを管理して、犯罪者にならないよう気をつけないとな。 特に税金関係はコリゴリだ。二度と脱税(別に脱税したくてしたわけじゃないが)はしないようにしないと。 だが、俺はどうも性格的にうっかり屋なところがある。 一人で完璧に管理できるか心配だったので、人を雇うことにした。 クマ吾郎は頼りになる熊だが、やっぱり熊だからなあ。 雇い人に税金やその他のスケジュール管理を頼んで、ダブルチェック体制にすればミスは減るだろう。 できれば事務能力だけでなく、戦闘もある程度こなせる人がいい。 なにせ俺の本業は冒険者。稼ぎ場はダンジョン。 危険はつきものだからな。 人を雇うアテがなかったので、盗賊ギルドでバルトに相談してみた。「雇い人はどこへ行けば雇えるだろう?」「奴隷を買えばいいんじゃない?」 あっさり言われて、俺は眉をしかめる。「奴隷って。俺、ああいうの嫌いなんだけど」「ユウは好みがウルサイよね。奴隷は嫌、犯罪者も嫌」 バルトはニヤニヤしている。 そんなもん嫌に決まってるだろうが。「でもね」 と、バルトは続けた。「奴隷も別に悪いものじゃないよ。この国は奴隷制が合法。買うのは何ら問題ない。非人道的な扱いが嫌だというなら、ユウが優しくしてやればいい」「虐げるつもりはこれっぽっちもないが、やっぱり奴隷はなあ……。そういう身分とか仕組みそのものが嫌いなんだよ」「奴隷なら最初にお金を払って、あとは衣食住の面倒をみてやればいい。雇い人のほうが面倒だよ。毎月給金を払って、しかも裏切るかもしれない」 奴隷であれば魔法契約を結ぶので、主人を裏切る心配がないのだという。 いやなにその人権無視な契約。そういうのが嫌なん
エリーゼを連れて盗賊ギルドに戻る。俺は彼女に役割を伝えた。「きみには税金や依頼の締切チェックと、戦闘の補助をお願いしたい。締切は俺も確認するし、戦闘はあくまで後衛でいい。命の危険があったら逃げてくれ」 エリーゼは暗い表情のまま首を振った。「仕事については承知しました。でも逃げるのはできません。命をかけてあなたを守るのが、奴隷の仕事です」「俺がそうしろと言っているんだ。命令だよ」 強く言えば、彼女はしばらく迷った後にやっとうなずいた。「……分かりました、ご主人様」 ご主人様!! その言葉はなぜか俺の心を貫いた。 おかえりなさいませ、ご主人様。 萌え萌えキュン。 おいしくな~れの魔法をかけちゃう。 そんなセリフとともに、黒いワンピースに白いエプロンの女性の面影がよみがえる。 心臓がきゅんきゅんいってる。 え、何? 俺ってメイド萌えだったの? 正直、前世日本の記憶はもうあいまいだ。日本人としての俺がどんな人間だったのか、よく思い出せない。 あぁでも、この胸のトキメキは本物! ミニスカメイドもいいが、クラシックなロングスカートも捨てがたい!「なあ、エリーゼ。ミニスカートとロングスカートだとどっちが動きやすい?」「え?」 気がついたら俺は口走っていた。 でも最低限の気遣いは残っていたようで、戦闘時の動きやすさを聞いていた。「タイトなスカートでなければ、どちらも変わりません」 と、エリーゼ。「じゃあ両方買おう! 洗い替えは必要だしな!」「えぇ?」 彼女の手を取って走り出す。行き先は盗賊ギルド内の服屋だ。 盗賊ギルドは変装グッズが揃っている。そのため色んな職種の服が売っていた。「ミニとロングの黒ワンピースください。あとエプロン。エプロンは白で、フリルがついているのがいい。メイド服にぴったりなやつ」 店主のおばさんに言えば、す
いつしか季節は冬から春になっていた。 俺が難破船から放り投げられたのが、去年のやはり春。もう一年が経過してしまった。 海で死にかけていた俺を助けてくれた森の民の二人、ニアとルードはあれ以来会っていない。 少しは強くなった今、ルードにお礼参りをしてやりたいところだが、居場所が分からないんじゃ仕方がない。「ご主人様。税金の請求書が来ていますが、納税に行きますか?」 春のある日、盗賊ギルドで次の冒険の準備をしているとエリーゼが言った。「冬に納税したばかりですので、締切に余裕はあります。まとめ払いも可能です。どうしましょうか?」「うーん」 俺はちょっと考えた。 盗賊ギルドのある町から王都までは片道五日。 すぐ近くというわけでもない。正直、わざわざ行くのはちょっとめんどくさい。 だがまとめ払いで締切ギリギリまで粘ると、前のように思わぬ事態で脱税犯罪者になってしまうかもしれない。 あれは本当にひどい目にあった。 もう一度免罪符を発行してもらうわけにはいかないから、慎重に動かなければならない。二度とあんなのごめんだよ。 考えた結果、俺は答えた。「配達の依頼がてら、納税に行こうか」「分かりました。旅の準備をしますね」 以前は俺一人でやっていた準備作業も、今ではほとんど彼女がやってくれる。 俺もいい身分になったものだ。 というわけで、俺たちは王都へと旅立った。 旅の途中、野宿の際の食料は現地調達もする。 獣や鳥を狩ったり、川や湖があれば釣りもする。 この前、新しく料理スキルを習得した。 おかげで狩った肉や釣った魚もその場でおいしく調理できて、とても助かっている。「料理スキル、もっと早くに取ればよかったよ」 焚き火で魚を焼きながら、俺はしみじみと言った。 料理スキルを覚える前は、ただ肉や魚を焼くだけでも失敗ばかりだった。黒焦げだったり生焼けだったりで食べられたものじゃないのだ。 おいしい食事は心を
表示されたステータスに妙なものを見つけて、俺は思わず叫んだ。「え! なんだこの『特殊スキル、統率(小)』って!」 メダルで習得した覚えはないし、それっぽい行動も特に覚えはない。 思わず声を上げると、エリーゼも不思議そうに言った。「でも、何となく味方がパワーアップしそうな名前ですね。統率」「確かに」 いつの間にこんなの生えてたんだろうか。 俺たちは首をかしげながらも、分からなかったので保留となった。 統率のインパクトがすごすぎて忘れていたが、ついに魅力が上がったのも地味に嬉しい。 エリーゼが教えてくれた歌唱スキルのおかげだと思う。もう音痴とは言わせない。 後日、王都で色々と調べた結果。 統率は多くの仲間を引き連れたリーダーに与えられるスキルだと判明した。 仲間の数と忠誠心によって会得する。 効果は仲間にさまざまなボーナスを与えるのだという。 俺は今年になって奴隷をたくさん買った。 奴隷というより仲間に近い感覚で彼らに接していた。 そりゃあそんなに甘やかすつもりはなかったけど、彼らはあくまで人間。仕事仲間だ。その思いは変わらない。 だからみんなも俺に心を開いてくれた……と思う。 それが忠誠心という形で表れて、統率スキルになったのか。 確認されている統率スキルの効果はさまざまだが、その中に「仲間の潜在能力を引き出し、成長を促す」というのがあった。 ここ最近のみんなの急激な成長はそのおかげだろう。 そういえば、俺自身の成長よりもクマ吾郎パワーアップのほうが上なんだよな。 統率スキルの影響だったのか。「そんなことってあるんだなぁ」 思わずつぶやくと、「ガウガウ!」 クマ吾郎が得意げな顔で鳴いた。 まるで「分かってたもんね!」とでも言いたそうだ。 そん
季節は夏を過ぎて秋になり、やがて冬に差し掛かる。 それぞれの役割を忠実に果たし続けた俺とクマ吾郎、それに奴隷たちは、努力に見合った成果を手に入れていた。 俺とクマ吾郎は戦闘能力がかなり上がった。 もう一流冒険者としてどこへ行っても恥ずかしくない実力だ。「俺は一流。クマ吾郎は超一流かもな」「ガウ!」 奴隷たちはおのおののスキルを磨いた。 錬金術のレナのポーションは、店で売っているポーションより一回り高い性能を発揮する。 中級レベルまでのダンジョンであれば十分に通用する性能だ。場合によってはボスにも使える。 宝石加工のバドじいさんのアクセサリーは、冒険で大きな効果を出している。 このクラスのアクセサリーは店では売っていないし、ダンジョンのドロップを狙うにも難しい。 ある程度の数をいつも揃えているこの店はとても評判がいい。 エリーゼも裁縫の腕を上げて、みんなの服を作るようになった。 ただ、彼女は店の経営と二足のわらじ。他の奴隷に比べれば裁縫スキルはゆっくりとした成長になっている。 イザクは農業スキルを上げて、見事に畑を耕した。 家の裏手はよく整えられた畑が広がっている。 秋まきの野菜が植えられて、もう少しで収穫できるという。楽しみだ。 子供のエミルと女戦士のルクレツィアは、そこまで変化はないな。 エミルはまだまだ幼い。 ルクレツィアは元からけっこう強かった上に、まだうちに来てからそんなに経ってないし。「それにしても、みんなすごい成長ぶりだよなぁ」 ダンジョンから家に帰った俺は、レナとバドじいさんの新作を見ながら言った。「世の中に錬金術師や宝石加工師は、たくさんいると思うんだけど。レナやじいさんは修行を始めてまだ半年そこらだろ。それが標準より良い性能のものを作るんだから、びっくりだよ」「そうですね……。実はわたしも、ちょっと不思議で。やっぱりご主人様の人徳でしょうか?」
家人らの担当が決まったので、俺とクマ吾郎の坑道も決める。 俺とクマ吾郎は今まで通りダンジョンの攻略に精を出すことにした。 これまでは金策メインだったが、これからは素材採集をもっと積極的にやるつもりだ。 どんどん作ってがんがんスキルを鍛えてほしい。楽しみだ。 鍛冶スキルは習得したものの、実際に手を出すのはもう少し先になる。 というのも、鍛冶はハンマーやら金床やら溶鉱炉やら、設備が必要になるからだ。 今の家じゃ狭くて置き場がない。 いずれ鍛冶場を作らないといけないな。 まあ、奴隷たちのスキルがもっと上がって店の売上が安定してからの話だ。 そうして回り始めた新しい生活は、順調なスタートを切った。 俺とクマ吾郎がダンジョンで採集してきた素材は、レナが錬金術でポーションに、バドじいさんが宝石加工で護符やアクセサリーにしてくれる。 どちらもまだそんなに品質は高くない。 が、冒険者が多く行き来する場所に店を出したのが当たりだった。 ダンジョン攻略の前後に立ち寄る冒険者が予想以上に多くて、ポーション類はいつも売り切れ。 護符とアクセサリーも上々の売上を記録している。 護符とかアクセサリーは魔法の力を込めて作るんだが、壊れやすい。半消耗品なのだ。 作れば作るほど売れるとあって、レナとバドじいさんのやる気がアップした。 毎日たくさんの生産をこなして、腕もぐんぐん上がっている。 そんなある日、俺がダンジョンから帰るとエリーゼが話しかけてきた。「ご主人様。盗賊ギルドのバルトさんから手紙が届いています」「バルトから?」 久々に聞いた名前に首をかしげながら、手紙を開いた。『親愛なるユウへ。 きみが店を持ったこと、たいそう繁盛している話を聞いたよ。 もうならず者の町に戻る気はないのかな。 盗賊ギルドの宝石
店を出す場所はもう決めてある。 王都パルティアから街道を東に二日程度進んだ場所だ。 王都が近いせいで人の往来が活発。 加えて、その周辺はダンジョンがよく出現する。 王都に近くはあるが、徒歩二日の距離は至近ってほどでもない。 補給のための買い物したり戦利品を売り払うために王都まで行くにはちょっと面倒で、しかし人の行き来は多い。 なので冒険者の客の需要があると見込んだのだ。 幸いなことに周辺に店はない。絶妙な位置だった。 俺が作りたいのはダンジョン攻略に役立つアイテムや武具だ。 生産スキルの練習がてら余ったものを売るには、冒険者相手が一番いい。 中級以上の冒険者はそれなりにお金を持っている。金払いのいい客になってくれるだろう。「よし。建物はこんなもんだな」 夏の青空の下、できたての小屋の前で俺は腕組みをする。 王都の大工に頼んで建ててもらった家だ。 ほとんど小屋レベルの小ささだが、街道に面した部分が店になっている造りである。 ついに俺も家持ちになった。小さいながら我が家だ! 家はリビング・ダイニング、キッチンの他にベッドルームが一部屋、それから店のスペースしかない。 狭いのでベッドルームに三段ベッドを設置してみた。 はみ出た人はリビングで寝てもらおう。 男女の過ちとかは、まあ、奴隷契約があるので起こらんだろ。 六人と一匹の大所帯としては小さな家だ。 リビング・ダイニングもこじんまりしたもので、食卓テーブルを置いたらスペースに余裕がない。 狭すぎると文句を言われるかと思ったが、この小さな家は好評だった。「わたしたちのお家ができるなんて、素敵です!」 エリーゼが言えば、「いい家だ。雨風がしのげて、雨漏りもしない」 農業スキルのイザクが続ける。「わたくしどもにはもったいないですよ」「ここに住むの? 怖い人、来ない?」 錬金スキルのレナと少年のエミル
断ろうと思ったが、その子供と目が合ってしまった。 年齢にそぐわない全てを諦めきったような目。ろくに食事をもらっていないと分かる、ガリガリの体。 髪の色は金髪だと思うんだが、薄汚れてぱさぱさなのでよく分からない有り様だった。 今日買った三人の奴隷は、拠点で生産しながら店番をしてもらう予定だ。 ダンジョンに連れて行くつもりはないので、危険はない。 それなら――「分かった。その子も買うよ」「毎度あり!」 奴隷商人のホクホクした顔がムカつくが、俺は黙って代金を支払った。 四人合わせて金貨六枚なり。 全財産の金貨二十二枚から出して、残りは十六枚。まだ大丈夫。 魔法契約で俺を主人に設定する。 農業スキル持ちのササナ人はイザク。 錬金術スキルの女性はレナ。 宝石加工のじいさんはバド。 少年はエミルという名前だった。「みんな、これからよろしくな」 声をかけても反応が鈍い。 エリーゼがとりなすように言った。「皆さん、ご主人様は優しい方です。どうか安心して仕事に励んでくださいね」 同じ奴隷のエリーゼの言葉は、少しは響いたようだ。 彼らはもそもそと挨拶をしてくれた。「反抗的な態度を取ったら、容赦なく鞭打ちをおすすめします。鞭も売っていますよ。銀貨二枚」 奴隷商人がそんなことを言っているが、無視だ無視。 俺は奴隷たちを引き連れて、市場を出た。 夜になるまでまだ間があったので、服屋に行って奴隷たちの服を買った。 奴隷制は嫌いだが、必要以上に甘やかすつもりはない。 これからしっかり働いてもらわないとな。 でも、不潔でボロボロの服は良くないだろ。 一年前までボロばっかり着ていた俺が言うんだ、間違いない。 次に宿屋の部屋を取った。 そこで桶と湯を借りて、それぞれ体を洗わせた。不潔は病気の元だからな。 さっぱりした奴隷たちに新しい服を着せる。 これ
その奴隷を見てみると、浅黒い肌に大柄な体をしていた。骨太な体格だが今は痩せてしまっている。 パルティア人とちょっと毛色の違う感じがする。経歴書には「ササナ人」とある。 ササナ国は確か、パルティアの南にある小国だったな。 確かに農業スキル持ちの割に、お値段が安い。 農業は農奴として人気のスキル。普通ならば引く手あまたのはずだ。この値段では買えないと思う。 反抗的ということで割引中なのだろう。 あるいは、態度が良くなくてどこかの農園を追い出されたとか?「反抗的でも別にいいよ。仕事だけきちんとやってもらえれば、文句はない」 俺が言うと、ササナ人奴隷はちょっと目を見開いた。 まあ、仕事をサボってばかりだとか他の奴隷たちを虐めるだとか、問題行動があまりにひどかったらその時に対応を考えよう。 彼をキープしてもらって、次の人の吟味に入る。 生産スキルはたくさんがあるが、特に欲しいのは鍛冶と錬金術、宝石加工だ。 鍛冶は武具を作るスキル。 良い武具はダンジョン攻略の要だからな。 武具は店売りのものでは性能が物足りない。かといってダンジョンでドロップを狙うのはあまりに運任せすぎる。 ある程度の性能を狙っていく場合、鍛冶スキルは必須になるだろう。 で、錬金術はポーションを作るスキル。 混乱やマヒのデバフ系ポーション、それに回復系のポーションはダンジョン攻略に必須である。 宝石加工は護符やアクセサリーを作る。これも武具に準じる装備品だ。 しかも壊れやすいので半消耗品でもある。しっかり確保したい。 次点で魔法書製作。 魔法書は魔法屋で買うかダンジョンで拾うかしか入手経路がない。 で、魔法屋の品揃えもそのときによってまちまちなのだ。 安定してよく使う魔法の魔法書が手に入るなら助かる。 ただ、俺の得意とする魔法は初歩のマジックアローや戦歌、光の盾など。 これらは店でもダンジョンでも比較的入手
そうして向かった奴隷市場は、相変わらず胸くそ悪い場所だった。 やっぱり俺は奴隷制が嫌いだよ。 だいたい、どうして人間を道具としてお金で売買するのが許されるのか。 この世界、この国は理不尽が多いが、奴隷制度はその最たるものだと思う。 鎖に繋がれ、手かせをはめられた奴隷たちが狭い檻に押し込められている。 向こうではオークションをやっているらしく、台の上に立った奴隷たちが自分の名前と特技を書いた札を持っていた。 オークションを後ろの方から見ていたら、奴隷商人に話しかけられた。 愛想のいい笑顔を浮かべているが、同時に警戒心も見て取れる。 エリーゼを買ったのはならず者の町だった。 あそこじゃ盗賊ギルドのバルトが付き添いに来てくれたおかげで、待遇が良かった。 俺はここじゃ見慣れない顔だろうからな。「お客さん、見ない顔ですね。今日はどんな商品をお探しで?」 人間を商品と言ってはばからない。俺はイラッとしたが表には出さずに言った。「生産スキルが得意な人を探している。戦闘はできなくてかまわない」「それでしたら……」 奴隷商人はオークションから離れて、建物の一つに俺たちを招き入れた。 何人かの奴隷が引き出されてくる。 比較的若い人からお年寄りまで、さまざまだった。 そうして紹介された奴隷は確かに生産スキルを持っていた。 いつぞやのならず者の町の奴隷商人よりも優秀だな。あいつ話聞いてなかったからな。「エリーゼ。どの人がいいと思う?」 エリーゼに聞くと、その場にいた全員が意外そうな顔をした。 え、なに?「お客様はわざわざ奴隷に意見を聞くのですか。これはお優しい」 奴隷商人が嫌味な口調で言う。 そういうことかよ。俺は言い返した。「これから買う奴隷は彼女の仕事仲間になるんだ。相性も大事だろ」 本当は奴隷だって人間だ、お金で売り買いするなど間違っていると言いた
おっさんの言葉に俺は頭を巡らせた。 店を出す場所はよく考える必要がある。 まず、町の中はあまり良くない。すでに別の店があって競合してしまうから。 既にある店のほうが経営や仕入れのノウハウが豊富だろう。固定客もいるだろうし。 素人の俺がいきなり参入しても不利になってしまうと思う。 じゃあ店を出すなら町の外か。 街道沿いで人の多い場所や、ダンジョンがよく生まれる地域で冒険者相手に商売するのが良さそうだ。 もちろん、いい場所は既に店が出ている。だが現役冒険者である俺の視点から見れば、まだまだ穴場があるはずだ。「分かった。ありがとう」「おうよ。店をやるのか?」「まだ計画段階だけどね」 そんな話をして、俺は冒険者ギルドを出た。「どうでしたか?」 外で待機していたエリーゼが尋ねてくる。「王都で出店の許可をもらえるんだってさ。場所を考えながら王都まで行こうか」 王都にはこの国で一番大きな奴隷市場もある。人材の調達はそこですればいい。 この一年で配達やダンジョン探しをしてあちこち歩き回ったおかげで、この国の地理はだいたい把握している。 店を出すのにいい場所も、いくつか目星がついていた。 王都までの道すがら、手頃なダンジョンがあったのでいくつか攻略した。 寄り道をしたせいで少し時間を食ってしまい、王都に到着する頃には季節は初夏になっていた。 せっかくここまで来たので、直近の税金を納めておく。もう脱税騒ぎはごめんだからな。 今度はヴァリスに呼び出されることもない。 お役所に行って新規出店について案内を聞いた。 担当のお兄さんが言う。「店を出すには許可証が必要です。こちらの申請用紙に記入の上、お金を添付してください。金貨三枚です」「なかなかお高いですね」 金貨一枚あれば、一人暮
「違う違う、エリーゼが嫌いという意味じゃない! 奴隷制度そのものに反対ってことだよ。だってお金で人を売ったり買ったりするなんて間違っている。エリーゼだって子供の頃は開拓村の自由民だったんだよな。それが奴隷になってしまって、嫌だっただろう」「わたしが奴隷になったのは、親に売られたからです。わたしを売ったお金で家族は冬を生き延びました。仕方ないことです」 いきなりヘビィな話が飛び出した。 分かってはいたが、この世界で日本の常識も良心も通じやしない。 けれど割り切るのは嫌なんだ。 前世の話をして理解してもらえるわけはないので、説明に苦労した。 けれどエリーゼを嫌っているわけではないこと、奴隷制度そのものに疑問を持っていることは分かってくれたらしい。「ご主人様は優しいですね」 と微笑まれてしまった。「けど、この国に奴隷制があるのはどうしようもないですよ。だったら奴隷を買って、わたしみたいに優しくしてあげて、生きる力を育ててあげてください」 この国の人間で今なお奴隷身分の彼女の言葉には、説得力がある。「……分かった。ただ、養う人数が増えればお金や食べ物の問題も出る。少し考えさせてくれ」「はい」 エリーゼの言葉で、俺は業務拡大(?)の決心をした。 今の俺の実力は、上級冒険者といって差し支えない。 中堅クラスのダンジョン攻略は問題なく進めて、ボスから得た装備品も充実した。 クマ吾郎といっしょに効率よく戦闘を繰り返したため、短期間で強くなれたのだ。 当然実入りも良くなって、貯金はかなり増えた。 だが、何人もの奴隷を買って彼らを養うとなったらどうだろう。 生活費を稼ぐためにカツカツになってしまっては意味がない。 奴隷の皆さんにしっかり働いてもらって、さらに利益を上げなければ。 そのためにはどんな人材を買って、どんな仕事を割り当てるか熟考の必要があ